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光量子情報
光子を用いた3量子ビットゲート操作
T. Ono, R. Okamoto, M. Tanida, H. F. Hofmann, & S. Takeuchi, "Implementation of a quantum controlled-SWAP gate with photonic circuits", Scientific Reports, 7, 45353 (2017).
図1. 実験概要図
図2. 制御スワップ操作実験結果
図3. 実験セットアップ写真
光子量子ビットを制御する量子ゲートについてこれまでに、2つの光子間のゲート操作(2入力2出力ゲート素子)は実現されていますが、現在その効率が限られており、集積化の上で問題となっていました。それを解決すると期待されるのが、3入力3出力ゲート素子の実現です。特に、制御スワップゲートと呼ばれる素子は、量子誤り訂正や、量子指紋認証など、様々な量子プロトコルに用いることが可能です。しかし、実現するには、非常に複雑な光干渉の長時間安定化など技術的な困難が多数存在し、これまで実現していませんでした。
そこで本研究グループは、Fiurasekが理論的に提案した方法に基づき、外部からの光量子ビットが入力可能な制御スワップゲート操作の実現に初めて成功しました (図1と図2)。制御スワップゲートは、制御ビット が 1 の場合のみ、2つの標的ビットの状態を入れ替えます。図3に実験結果を示します。入力の数字は、 左端が制御ビットの値を、その右隣2つが、標的ビットの値を示します。また、高さは、そのような入出力値が得られた確率を表します。制御ビットが 0 の場合には、入力された標的ビットの状態は高い確 率でそのまま出力されているのに対して、制御ビットが 1 の場合には、01 は 10 に、10 は 01 に高い確率 で入れ替わっています。さらに、制御ビットに重ね合わせ状態を入力した場合に、3光子がもつれ合い 状態が、生成されていることも確認しました。今回実現した制御スワップゲートにより、従来の2入力ゲートを組み合わせた光量子回路に比べて、光量子回路の効率を大きく高めることが可能です。また、量子指紋認証など、量子状態を用いたさらに高度なセキュリティー 技術の実現などが期待されます。
一つの量子的なシャッターで二つのスリットを同時に閉じる
[1] Ryo Okamoto and Shigeki Takeuchi, "Experimental demonstration of a quantum shutter closing two slits simultaneously," Scientific Reports 6, 35161 (2016).
図1. 一つのシャッターが重ね合わせ状態で複数の場所に存在し、光子をはじき返している様子の概念図
図2. 干渉縞測定結果
量子力学では、1つの粒子が複数の場所に同時に存在する量子重ね合わせ状態をとることができます。光の波の性質を確認した、「ヤングの2重スリット実験」を、光子を1個ずつ用いて行った場合も、実験を繰り返すと、光子の検出位置の分布は、干渉縞を形成することが知られています。この光子の2重スリット実験は、1個の光子が重ね合わせ状態になり、同時に2つのスリットを通ったと考えないと説明がつかず、量子力学の重ね合わせ状態をもっとも端的に示す実験です。また、通常のシャッター1個で一方のスリットを遮断すると、この干渉が失われることもよく知られています。では、もし2つのスリットの位置に同時に存在する、すなわち「重ね合わせ状態」をとりうるシャッター(量子シャッター)を用いて、このスリットを制御すると、どのようなことが起こるでしょうか。2003年に米国とイスラエルの物理学者らは、重ねあわせ状態にある量子シャッターを用いると、その量子シャッターが光子と相互作用したあと別の重ね合わせ状態に変化した場合、入射した光子はまったくスリットを透過できず、重ね合わせ状態をたもったまま跳ね返されることを理論的に予言しています(図1)。
これは、たった1つの「量子シャッター」を用いて、複数のスリットを同時に遮断することができるこという奇妙な、また驚くべき予言です。しかし、必要な性質を満たす量子シャッターの実現が困難だったため、実験的に実証されていませんでした。我々は光量子回路を用いて2003年の理論提案を初めて実験的に実証しました。重ね合わせ状態をとり得る量子シャッターを、光子で実現しました。これにより、半透鏡を用いて、高い精度で重ね合わせ状態を作ることができます。しかし、このままでは、シャッターで光子をはじき返すという相互作用を実現することができません。そこで、各スリットに光子で光子を制御することができる光量子スイッチを用いることを考案しました。実験ではまず、1個のシャッターで、古典的な限界を超えて、2つのスリットを同時に遮断することが可能なことを確認しました。次に、同時に2つのスリットがシャッターで閉じられていることを確認するために、シャッターで弾き返された光子が干渉することを確認しました(図2)。もし、シャッターが片方のスリットしか閉じていなかった場合、決してこのような干渉縞を得ることはできません。我々は、このようにして、2003年の理論提案をはじめて実験的に実証しました。本研究は、量子物理学のより深い理解に役立つだけでなく、重ね合わせ状態で、重ね合わせ状態を制御することが可能なことを示すもので、将来の量子コンピュータの実現につながるものであると期待しています。
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光量子計測
量子もつれ光を用いた超高分解能光断層撮影
[1]M. Okano, H. H. Lim, R. Okamoto, N. Nishizawa, S. Kurimura & S. Takeuchi, "0.54 μm resolution two-photon interference with dispersion cancellation for quantum optical coherence tomography" Scientific Reports 5, 18042, December (2015).
図1.実験概要図
図2.実験結果
光干渉断層撮影技術は、眼科分野において、網膜などさまざまな組織の診断技術として急速に普及しています。しかし、分解能は5μmから10μm 程度に制限されていました。それを解決する方法として、量子もつれ光の2光子量子干渉を利用する量子光干渉断層技術が、2002 年に提案されました。我々は、今回、非常に広い帯域を持つ量子もつれ光源を開発、世界記録となる、0.54μmの分解能に相当する量子干渉縞を実現しました。これは、従来の光断層撮影の原理検証で記録されていた世界記録0.75μmを超える値です。さらに、この超高分解能が、分散媒質(水)などによってほぼ影響を受けないことも実証しました。量子もつれ光源には、物質・材料研究機構の開発した高効率な擬似位相整合素子を用いました。
実験結果を図2に示します。図2(a)は、得られた低コヒーレンス干渉縞です。この干渉縞の幅(1.5μm)が、光断層撮影の深さ分解能を与えます。図2(b)は、光路中に1mm 厚の水を挿入した場合の結果です。水の群速度分散の影響で、干渉縞は著しく拡がり、分解能も1.5μm から7.8μmに大きく劣化しています。図2(c)は、量子もつれ光子対の2光子量子干渉の結果です。2光子量子干渉では、光路長が一致するところで同時計数が0になり、その窪みの幅が、分解能を与えます。この実験では、量子光断層撮影の深さ分解能 0.54μm に相当する2光子干渉が得られています。図 2(d)は、光路中に1mm 厚の水を挿入した場合の結果です。低コヒーレンス干渉の場合(図2(b))と大きく異なり、分解能は0.56μmと、水が存在しない場合と比べ殆ど変化していません。現在、この量子光断層撮影の高度化に向けた研究を、JST-CRESTの支援のもと推進しています。本研究は、物質・材料研究機構の栗村直主幹研究員と名古屋大学の西澤典彦教授らとの共同研究です。
古典理論の限界を超えた感度をもつ光学顕微鏡
[1]T. Ono, R. Okamoto & S. Takeuchi, "An entanglement-enhanced microscope" Nat. Commun. 4, 2426 (2013).
図1.量子もつれ顕微鏡イメージと実際の顕微鏡観測結果
図2.実験装置図
光学顕微鏡の感度には,標準量子限界と呼ばれる限界が存在します。私たちは,量子力学的にもつれあった光を用いて,世界で初めて,この限界を超えた感度をもつ「量子もつれ顕微鏡」を実現しました。本研究の成果により,生体細胞などをより高い精度で観測することが可能になり,生物学,医学などをはじめ幅広い分野への応用が期待されます。光学顕微鏡のなかでも,微分干渉顕微鏡は,対象物を染色等することなく,そのまま非侵襲で観察・計測する手段として,生物学や医学などで広く用いられています。その顕微鏡の深さ方向分解能 や計測精度は,標準量子限界と呼ばれる,光の古典理論によって決まる信号雑音比で決まっていました。その限界の下では,より高い深さの分解能や計測精度を得るためには,より強い光を当てるしか方法がありません。強い光を照射すると,対象サンプルの損傷などの影響を与えるため,重大な問題となっていました。
私たちの研究グループは,量子力学的な相関を持った光子を用いる事で,この標準量子限界を超 えた位相測定が可能であるという原理検証実験に 2007 年に成功,その成果は,サイエンティフィックアメリカン誌に同年の世界ベスト50 研究に選ばれるなど注目されました。そこで,この量子もつれ光子を微分干渉顕微鏡の照明光として利用することで,標準量子限界を突破することを発案しました (図1)。私たちは,光量子コンピュータの研究で培った,良質な量子もつれ光子対源などの技術を用い,「量子もつれ顕微鏡」を世界で初めて実現しました (図2)。その顕微鏡を用い,ガラス基盤の表面に,原子100個程度の厚みで浮き彫りされた「Q」という文字の観察を行った結果,通常の光を用いた観察(標準量子限界)に比べ,1.35 倍の信号雑音比を達成しました。今後,より多数の光子のもつれ状態を実現することで,微分干渉顕微鏡の「感度」を,標準量子限界を大きく超えていくことが可能です。将来的には,生体細胞内部のわずかな物質分布の変化や,蛋白質結晶の結晶化過程の解明など,これまで感度が不足し観察・測定できなかったさまざまな課題への応用が期待されます。また,現在急激に発展している,量子コンピュータに代表される量子情報技術の,より広範な分野への応用のさきがけでもあります。
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ナノフォトニクス
超広帯域共鳴波長可変ナノ光ファイバ共振器へのナノ発光体の高効率結合
[1] A. W. Schell, H. Takashima, S. Kamioka, Y. Oe, M. Fujiwara, O. Benson and S. Takeuchi, "Highly efficient coupling of nanolight emitters to a ultra-wide tunable nanofiber cavity", Scientific Reports, 5, 9619 (2015).
図1.実現したNFBC。a. 模式図 b. 走査イオン顕微鏡(SIM)像
図2.単一発光体からの発光スペクトル
近年、盗聴不可能な通信を実現する量子暗号通信や、光子を用いた量子コンピュータの実現に向けた研究が進められています。これらを実現する上で重要な課題のひとつが、人工原子などの単一発光体から発生した光子を、光子の通路である単一モード光ファイバへと結合することです。そこで、我々は、単一モード光ファイバの一部を直径300 nmまで引き延ばしたナノ光ファイバ上に、集束イオンビーム装置を用いて周期構造を作製することで、共振器構造を組込んだナノ光ファイバブラッグ共振器(NFBC)を開発しました(図1)[1]。このNFBCは、光ファイバに加える張力を調整することで、可視光領域で共振器の共鳴波長を20 nm以上制御できます。また、NFBCの共振器部分に、単一の量子ドットを付着させると、量子ドットの発光を増強(今回の場合2.7倍)させることもできます(図2)。この発光増強によって、量子ドットから発生した光を、50%以上の効率で単一モード光ファイバに結合させることが可能になると考えられます。
本研究は、量子暗号通信や光量子コンピュータなどの実現にむけた最大のボトルネックである、100%に近い効率で光子を発生する、オンデマンド単一光子源の実現に向けた大きなステップになると考えられます。
ナノファイバに結合されたナノ粒子中の複合欠陥中心を用いた量子スピン光磁気共鳴検出
[1] T. Schröder, M. Fujiwara, T. Noda, H-. Q. Zhao, O. Benson, and S. Takeuchi, "A nanodiamond-tapered fiber system with high single-mode coupling efficiency", Opt. Express 20(10), 10490-10497 (2012).
[2] M. Fujiwara, K. Yoshida, T. Noda, H. Takashima, A. W Schell, N. Mizuochi and S. Takeuchi, "Manipulation of single nanodiamonds to ultrathin fiber-taper nanofibers and control of NV-spin states toward fiber-integrated λ-systems", Nanotechnology, 27, 45 (2016).
図1. 単一NV中心を含むナノダイヤモンドのナノファイバ結合操作と実験装置系
図2.ナノファイバと結合したナノダイヤモンド中の単一のNV中心を用いた光磁気共鳴検出
固体中の欠陥が持つ光子やスピンは、量子情報処理や量子センシングのリソースとして有用であり盛んに研究が行われています。特に、ダイヤモンド中の窒素複合欠陥(Nitrogen Vacancy center、NV中心)は、常温下での単一光子発生やスピン操作特性が良いことが知られています。また、バルクの研究が先行していますが、ナノ粒子から発生した光子を効率的に検出するためのナノファイバ技術の向上に伴い、ナノ粒子を利用した研究が活発化しています。
我々の研究室でも、ナノファイバに結合したナノダイヤモンド粒子中の単一NV中心から発生した光子の検出に2012年に成功しました [1]。また、2016年には、ナノファイバに結合したナノダイヤモンド中の単一NV中心が持つスピンの光磁気共鳴検出に成功しました ([2]、図1と図2)。
ナノファイバに結合された2次元機能性薄膜中の欠陥からの非古典光検出
[1] A. W. Schell, T. T. Tran, H. Takashima, S. Takeuchi, and I. Aharonovich, "Non-linear excitation of quantum emitters in hexagonal boron nitride multiplayers," APL Photonics, 1, 091302 (2016)
[2] A. W. Schell, H. Takashima, T. T. Tran, I. Aharonovich, and S. Takeuchi, "Coupling Quantum Emitters in 2D Materials with Tapered Fibers," ACS Photonics, 2017, 4 (4), pp 761-767
図1. ナノファイバと結合した2次元薄膜hBNフレーク中の欠陥からの単一光子発光
図2.2次元薄膜hBNナノフレーク中の欠陥の単一光子発光特性
最近、hexagonal boron nitride (hBN)からなる2次元機能性薄膜中の欠陥が、NV中心などとは異なりゼロフォノン線が細いなどの特徴から着目されています。我々の研究室では、他に先駆けてこのhBNナノフレークをナノファイバに結合させ発生させた単一光子の観測に成功しました ([1、2]、図1)。図2は、光波長が666nmの単一光子発生を観測したときの結果です。
現在、上記のナノ光ファイバブラッグ共振器(NFBC)とナノ粒子や2次元機能性薄膜からなるナノフレークを結合させ光検出効率を向上するための研究を推進し、光量子情報処理や量子センシングへの活用を目指しています。
以前の研究内容
2008年以前はこちら
こちらから2008年度以前の全データをダウンロードできます→ [PDF](2.67MB)
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